今年は空梅雨か?後半に雨が多いか?
油断はできませんが、今月の前半は天気が良くて工務店にとっては仕事がはかどり大変有難いことです。
“まる”に言われるまでもなく、口の悪い友人から電話があり『いのやん、ええかっこばっかりしてたらしまいにボロが出て恥かくで』と言われました。今月の原稿どうしようかと迷いましたが、これも友人の有難い励ましと自分流に受け取って懲りずに先月の通信でお約束しました「美の脇役」のご紹介を致します。
まず私がこの本と出会ったきっかけは3年ほど前。『十六の話し』司馬遼太郎著(1997年1月発行)を、時間つぶしに入った本屋さんで立ち読みしたことから始まります。この本の目次は、(1)文学から見た日本歴史 (2)開高健への弔辞 (3)アラベスク―井筒俊彦氏を悼む (4)古代史と身辺雑話 (5)華厳をめぐる話 (6)叡山美術の展開 (7)山片蟠桃のこと (8)幕末における近代思想 (9)ある情熱 (10)感臨丸誕生の地 (11)大阪の原形‐日本におけるもっとも市民的な都市 (12)訴えるべき相手がないまま (13)樹木と人 (14)何よりも国語 (15)洪庵のたいまつ (16)二十一世紀に生きる君たちへ、 題名どおり全部で16話の文集です。
その中で(5)「華厳をめぐる話」で東大寺と井上博道氏のことが、紹介されていました。これは司馬遼太郎さんが新聞社で文化面の編集をされていたころに写真の企画をされ、新聞に連載されたものを本にまとめた写真集です。企画立案当時の司馬遼さんと写真家井上博道さんの会話に大変興味をもち早速本探しを始めました。しかし、なかなか手に入りません。
未だに図書館の本を借りて、期限に返さねばいけないような逢瀬です。ええカッコしついでに本文を紹介しますと、
”「たとえば人は戒壇院の広目天に接しても、広目天が両足で踏みつけている天邪鬼はふつう一瞥するだけで、独立の存在として見てやらない。しかしよく見ると、天邪鬼はつらそうである。苦痛、閉口、腹立ちといったものを表現するために思い切って変形(デフォルメ)されている。 仏たちよりもむしろ近代彫刻のようではないか。さらにはその面つきをよくみていると、原住民のように見えてくる。鼻梁がぺちゃんこで、だんご鼻で、鼻孔も卑しげで、天井をむいている。これこそわれわれそのものではないか、と私は言った。・・・・・中略・・・・・なにしろ、仏像の成立は、ガンダーラなのである。そこに土着していたギリシャ人の子孫の手で作られたものにちがいないが、とすれば、四天王の造形的主題は、男がもつ力と意志と端整な秩序、それをもたらす主知的なものに違いない。ただ、そういう美には、天邪鬼のような脇役が要る」そこまで言うと、この美術通は、私のかけらのような思いつきから百倍もひろがった感覚で即座に受止めてくれた。”
本文の引用はこの辺で終わります。
大仏開眼1250年の今年、いま、奈良国立博物館で7月7日まで「東大寺のすべて展」が開催されています。6月に入って、戒壇院にある、四天王の持国天、増長天、多聞天、広目天、の四像が博物館に展示されているそうです。そんな話を、あるところで恥ずかしげもなくしてしまいましたら、貴重な資料本と入場券まで頂きました。紙面を借りてお礼申し上げます。4月20日から始まっていますが、観に行きたいと思いつつ、まだ行っておりません。
その他、私がなるほどと感じた美の脇役を紹介して、お話を終わります。
1.南禅寺金地院鶴亀の庭
(湯豆腐を食べに行った帰りに見物)
2.秋篠寺の技芸天(↓下左写真)
(今では完全に主役では?)
3.郡山城の石垣の逆さ地蔵(↓下右写真)
(まだ行ったこと無し)
4.新薬師寺の鬼瓦
(新薬師寺にはよく行くが、高いところにあるので、はっきりとは見えない)
5.二月堂の石段に彫られた文様
(気付いてなかった)
6.天満天神祭りのお迎え人形(→)
(花火に気がいってあまり見ていない)
まだまだ有りますが、この辺で終わります。
鈍くてもどこか光るものが出せる、私は、そんな脇役のある家を造りたいと思います。また皆さんの家も、床の間の柱、玄関の式台、框、が主役なら、家のどこかに大工さんか、設計家か、現場の監督さんが精魂込めて作った引き立て役(美の脇役)が有るかもしれません。皆さんの家の中を、そんな眼で一度じっくりと探して見られたら如何でしょうか。今月も、口の悪い友人から『ええかっこし過ぎてたら付き合いでけんでー』と電話が掛かってきそうですので、この辺で。
|